っていた君太郎が、重そうな丸髷《まるまげ》の下から、パッチリと眸《め》を開いた。これもさっきから表の騒がしさに眼が醒《さ》めていたらしい。
「火事だっていうと、こんなところへ来てまで飛び出すのねえ。方角も知らずにいて、迷子にでもなったらどうするの?」
 と微笑《ほほえ》んだが、
「そんな恰好をして、風邪でも引かないように気をつけて頂戴!」
 と夜具の襟《えり》に頬を埋めて眩《まぶ》しそうに薄眼をしながら言った。
 そのうちに、宿屋の者も起き出たらしい。ガラガラと大戸の開く音がしたが、途端に、
「あらあら、大変だ! 大変だ! どうしましょう、番頭さん! 早く来て下さいよう! 早くさあ!」
 と、涙ぐんだ甲高い女の叫びがした。
 私は、大急ぎで階段を駈け降りて、有合《ありあわ》せの下駄を突っ掛けたが、一足躍り出した途端に思わず固唾《かたず》を呑んで、釘付けになった。
 街路の上、人の腰の高さほども雪は踏み固められて、そこが冬中の通路となって、カチカチに凍りついていた。そして家々の軒の脇には、屋根までも届くくらい、掃き寄せられた雪や吹き溜りの雪が小山のように賑やかに林立していた。その高い通路
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