わけではなかったから。そんな余計な穿鑿《せんさく》なぞはどうでもいいが、ともかく私たちが留萌の港に着いたのは夕方の五時頃ではなかったかと思われる。北海道の原野はもう蒼茫《そうぼう》と暮れ果てて雪もよいの空は暗澹《あんたん》として低く垂れ下っていた。
 そして町は停車場前の広場から両側の堆《うずたか》く掃き寄せられた雪の吹き溜りの陰にチラチラと灯を覗《のぞ》かせていたが、私たちはもちろんこんな淋しい港町なぞに一人の知り人があったわけでもない。灯を翳《かざ》して迎えに出ている番頭に連れられるまま、駅前の丸源という三階建のこの辺としてはかなりの宿屋に案内せられた。
 ともかくひと風呂暖まって、丹前に寛《くつろ》ぎながら、夕餉《ゆうげ》の膳を囲んでゆっくりと飲みはじめたのであったが、こんな辺陬な駅への区間列車なぞはこれでおしまいだったのであろう。機関車の入れ換え作業でもしているのか、機関庫と覚しいあたりからは蒸気を吐き出す音と一緒に鈍い汽笛の響きが、雪を孕《はら》んで寂然《ひっそり》とした夜の厚い空気を顫《ふる》わせて、いかにも雪深い田舎の停車場らしい趣を伝えてきた。
 そんな空気の中で私と君
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