た頃であったから、その時分気心の合っていた札幌の芸者で君太郎という二十一になる自前の妓《こ》と、しばらく人眼を避けて二人だけになりたい一種の逃避行なのであった。
 だから行く先なぞはどこでも構わない。ただその時その時の気任せに、なるべく人眼に付かない辺鄙《へんぴ》な静かな場所ばかり飛んで歩いていたようなものでもあった。
 その時も、大晦日を眼の前に控えた暮の二十五、六日から札幌を発って、有珠《うす》、登別《のぼりべつ》、音威音府《おといねっぷ》、名寄《なよろ》と言った、いずれも深々《しんしん》と雪に埋もれて眠ったような町々ばかり、今にもまた降り出しそうに重苦しく垂れ込めた灰色の空の下を、これという定《き》めた計画《もくろみ》もなく旅を続けていた。お互いに別段、そう熱を上げて夢中になっていたというのでもなかったが、さりとてひと思いに他人になってしまうだけの決心もつかず、ただ何となくズルズルと、一日でも長くこうして一緒に暮していたいような気持が、金のなくなるまでまだまだこんな旅行を続けているつもりなのであった。
 ……が、まあ、そんなことなぞはどうでもいい。なにも君太郎のことを書こうという
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