た口調で君太郎が言った。が、それでも私が無言でストーヴをみつめて考え込んでいると、ふと気を変えたように、「明日発つ時、その池田病院とかいうのへ、ちょっと玄関だけでも見舞って行きましょうね。そうしておけば、後まで嫌な思いが残らないで済みますから」
 と、しんみり言った。
「ああ、そうしよう! そうしよう!」
 と、私も賛成した。君太郎に勧められるまでもなくそうでもしなければ、今の私にも到底このままでは、この惨《むご》たらしい記憶に幕が降ろせそうもないのであった。丸髷には結っていても一見誰にでもすぐそれとわかる君太郎なぞを連れてそんなところへ顔出しするのは、いかにも人の不幸のところへ心ない遊蕩児《ゆうとうじ》の気紛《きまぐ》れな仕業《しわざ》と人に取られるかも知れなかったが、思う人には何とでも思わせておいて、明日はぜひそうしておいてからこの留萌の町を去ってしまおうと考えていたのであった。
 床へはいってみたり、ストーヴの前へ座を占めてみたり、そして東京へ行くとか行かないとか、ポソポソと二人でしゃべり合ってとうとう私たちは一晩中眠らずじまいであった。
 翌る朝この妙な因縁の町を発つ時には、も
前へ 次へ
全18ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング