と努めたならば、まさかあんな大事にもならなかったであろうが、あんまり夫婦兄弟の情合の深いのもこういう時には善《よ》し悪《あ》しだというふうなことを、まだ震えの止まらぬらしいこの女中は、幾分腹立たしそうに朴訥《ぼくとつ》な言葉で話してくれた。すんでのところ火事になりかかったのをその方だけは隣りの乾物屋の親父とかが揉み消してしまったということであった。
「まあま、お酌もせんどいて、えろう済まんことしてしまいましたけん。冷えて拙《まず》うなりましてん?」
と、女中は気がついて銚子を取り上げたが、別に酒がそんなに飲みたい気もしなかった。
「いいよ、いいよ、自分でするから」
と女中を帰した後で、冷えた盃を持ったままメラメラと燃えしきるストーヴの焔を眺めながら、通り魔のような夜前《やぜん》の出来事を考えていると、
「世の中なんて、何時《いつ》どんな災難が降って湧くかわからないものねえ、やっぱりあたし、東京へなんか行って出世してもらわなくてもいいわ。こっちで一緒に暮しましょうよ。人の命なんて何時どんなことになるかわからないんですもの」
とふだんの勝気にも似ずしみじみ感じたように、しかし幾分甘え
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