ように冷たい物が触ってきた。場合が場合だけに思わず竦然《ぞっ》として振り向いたが、そこには君太郎が大きな眸《め》に涙を一杯溜めて、訴えるように私を振り仰いでいたのであった。
「見てたのかい?」
 と聞いたら、
「ええ」
 と睫毛《まつげ》をしばたたいたが、
「助かるでしょうか? どうかして助けて上げたいわ」
 と潤《うる》んだ声で呟《つぶや》いた。
 無言で頷《うなず》きながらふところの中で君太郎の華奢《きゃしゃ》な手を握りしめていたが、私もこの時ほど君太郎をいとおしく感じたことはなかった。
 この世の中というものは、何時《いつ》思いも掛けぬ災難が降りかかってくるかわからぬ、一寸先は闇の世界だから、なまじっか、野心なぞ起さずに、もう東京へもどこへも行かないで、どこか北海道の涯《はて》へでも行って君太郎と一緒に世帯を持って生涯を送ってしまおうかと、胸の迫るような感慨に打たれたのであった。
 そして、今手を握り合って佇んでいる君太郎と私との関係が芸妓とお客とか、芸妓とその情人とか言ったようなものとはどうしても考えられず、私にはまるで頼りどころない、妹の手でも曳《ひ》きながら、この厳粛な人生
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