つた。船が岸壁につくやいなや、乗客は目の色を変え、一せいにスタートを切つた選手のようなスピードで、かけ出した。桟橋はために大ゆれにゆれたが、人々は少しも顧慮しないもののようであつた。バスは一台しかなく、三十五六人も乗れば、満員になるというので、それは七里の徒歩を賭けた速さといつてよかつた。二等の客が上甲板から飛下りようとして船員にはばまれていた。船員の船客扱いというものは、えてしてそんなものだ。だから私も二等なんかに乗らなかつたのである。(ついでながらいつておくが、戦前は二つの船会社が競争して、客サービスを競つたものだそうだ。船賃も安かつたし、船客に手拭のサービスまでしたそうだが、今はそんな話は、ゆめのようなものである)
先着のものから数えて、私は二十五六人目位の位置を占めた。これなら先ず大丈夫だろうと安心していると、そこここで、もうすでにこの土地の人が十数人切符を買つているらしい、と、いい出した。このバスに乗れなければ、七里の徒歩というわけで、人々の不安は去らない。その中、件の女が、つかつかと切符売場の口にいつて、何かごそごそやりだした。如何にも物なれているところ、天草の女のようで
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