みしろむら》の方まで行って見ようと思いついた。一つには新聞社の用もあったのである。北アルプスの各登山口について、今年の山における新設備を聞く必要があった。そこで自動車をやとって出かけることにした。
 木崎湖を離れてしばらく行くと、小さな坂がある。登り切ると、ヒョイと中綱湖《なかつなこ》が顔を出す。続いてスコットランドの湖水を思わせるような青木湖《あおきこ》、その岸を走っている時、向うにつき出した半島の、黒く繁った上に、ポカリと浮んだ小さな山。「ああ、雨飾山が見える!」と慎太郎さんが叫んだ。「見える、見える!」と私も叫んだ。
 左手はるかに白馬の山々が、恐ろしいほどの雪をかぶっている。だが私どもは、雪も何も持たぬ、小さな、如何にも雲か霞が凝って出来上ったような、雨飾山ばかりを見ていた。
 青木湖を離れると佐野坂《さのざか》、左は白樺の林、右手は急に傾斜して小さな盆地をなしている。佐野坂は農具川《のうぐがわ》と姫川《ひめがわ》との分水嶺である。この盆地に湛える水は、即ち日本海に流れ入るのであるが、とうてい流れているものとは見えぬぐらい静かである。
 再び言う。雨飾山は可愛い山である。実際登
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