自分たちは僅かに前面を打開かれた大きな鉄の箱の底にいるような感さえする。三、四十羽と群なす岩燕は、この巌の大伽藍を守護する小さな精霊たちのように、見なれない自分たちを巡って目前の空中を飛び交う。
 やがて充分な休息の後、張切った気持で新たに登攀が始められる。左に滝沢の逆層で切落された壁を見ながら、この一枚岩の岩場を登りつめると本沢のリンネの入口に達する。そこからは急に岩質が変って、角々した岩場になるが、すぐ正面は小さいながらも壁をなし水が滴っていてちょっと厄介に見えたので、左に割込む細いリンネの方へ廻り、それから右上へと登路をとる。暫く登りその上に出て、本沢のリンネを覗くとそれは深く刳《えぐ》れていてそれについて行く事は出来ないので、そのまま上の草の混った胸壁《バットレス》を登り続ける。
 その辺の傾斜は六十度余で、岩角で確保しながらほとんど平になって見える先ほどの雪渓や一枚岩の岩場が銀灰色に光って見える。時折雪渓の一部が轟然《ごうぜん》たる反響を残して崩れ落ちる。岩を掻《か》くネールの音や、不安定な石を落す冴えた音だけで、緊張した静けさが続く。
 やがて右へとトラヴァースし暫くして、
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