」と提議したので、ようやく自分も本で見たその技術を思出し早速取掛かる事にする。裂罅の右端へ行って見ると、充分雪の厚みはあり十米ほど下の岩場の工合もいいので、そこを選んでピッケルを振う。間もなく方二尺位のブロックが切られ、リングに通してロープが垂《たら》されると、最初に田名部が巧みに降りて行く。そしてルックザックを下して、次に高木が、それから自分が堅雪の壁を楽に降り、容易に下の岩場に立つ事が出来た。思いがけなくも此処《ここ》で、今まで試みた事のない技術をうまく使ったという喜びが、皆の顔を明《あかる》くした。
 再びロープに結び合うと、その岩場を左上へと登り、五十米ほど行ってから裂罅の小さそうな所を撰んで上の雪渓の傍へ下る。そこの裂罅は五十度あまりの傾斜なので十ほどステップを切って雪渓の表面へ出た。
 ブロックを使った事に対し、何かしら得をしたような気持になってすっかり気をよくした三人は、昨夜の不愉快な蚊の事や、寝不足も忘れて、上部の雪渓を調子よく登って行った。雪渓の傾斜は段々増し、その最上部は相当急でもあり、表面が融け固《かたま》ったのか、あるいは激しい雪崩《なだれ》の圧力のためか、氷の
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