くなって、漸く自分たちが国境線の尾根筋に出たことを知った。
 巻上がる霧の中にぼんやりと浮ぶ茂倉岳の肩の辺《あたり》を、赤々とうるんだ夕陽が沈んで行く。ロープから解放されて、長い闘争の後の限りない安易に浸りながら、固くこわばったロープを巻き収めつつ、じっと沈んで行く夕日を見つめていると、激しい疲れと同時に何かしら淡い哀愁を覚える。
 夜の帳《とばり》は迫っている。短い休息をとると、山の脊に付けられた歩きにくい道について、南へと急ぐ、漸く南ノ耳に辿《たど》り着いた時は、全く夜の闇に閉されて、遂に道を失ってしまった。わずかに標識をすかして見て、これが谷川岳の耳二つだという事は確められても、短い草付と荒れた土肌のために道は消えていた。暫く捜してから諦めると、そこで一夜を明す事に決め、小さな岩陰に三人身体をつけてしゃがみ込む。
 ずぶ濡れになった自分たちには、その一夜は楽ではなかった。しかし二人は濡れない上着を持っており、自分は純毛のシャツだったのでかなり助かった。ルックザックの底に残っていたわずかな菓子などを片附けて落着くと、山の歌が誦《くちずさ》まれる。そしてこの登攀《とうはん》の喜びや、
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