三人は、ロープを引緊めたまま言葉もない。濡れそぼるままに懸崖《けんがい》に寄り添って、身のまわりを立籠める灰色の霧を見詰めていると、何かしら無限の彼方に吸込まれるような無気味な感がする。しかしそれも段々と快い放心に変って行く。
 随分長い時が経ったように思われた。やがて雨足も弱って霧が明《あかる》くなり、途切れ始めた雲の中に、遠く笠ヶ岳の頭が夢のように浮き出した時は救われたように感じた。間もなく市ノ倉岳の斜面に薄日がさすと、ほっとした明い気持になって、再び行動が開始され、ロープがたぐられる。もう八時間もの登攀を続けているので、この濡れた岩は実際困難であった。幾度かロープを引緊めては、かなりの時間を要して登って来る。
 漸く胸壁の上の草の生えた緩斜面へ着いた頃は夕暮近く、霽《は》れ間に見える陽に照らされた山の色は非常に冴えて、夜の近い事を指示していた。最後の飯を分ち、暫く休むと、そそくさと濡れてこわばったロープを引ずりながら上へと急ぐ。岩場は終っていた。しかし急な草付は濡れたためか辷り勝で、同時に行動する事を許さない。やがて草は笹に変った。最後の岩塊を避けて右へと抜け出ると、急に傾斜がな
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