尾瀬沼の四季
平野長蔵

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)慴伏《しょうふく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)眼前|咫尺《しせき》
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 尾瀬沼は海抜五千四百九拾尺、福島県と群馬県とにわたり、東は栃木県に峰を連ね、北西は新潟県及利根水源に接している。今日もなお三十年前と同じく少しも俗化せず、真に自然の仙境である。
 冬季は降雪甚しく、眼前|咫尺《しせき》を弁せず、日光を見ざること五日以上に至ることも珍しからず、従って寒気甚しく、寒暖計は水銀柱が萎縮して下部のガラス球の中にその姿を没してしまうという有様である。針葉樹にありては積雪二尺以上に及び、枝も幹も見えず、闊葉樹でも樹枝に一尺からの雪が積る。一度烈風が襲来すると、雪は吹き捲られて煙の如く渦を巻いて昇騰し、面を向くべき方もなく、ただその猛威に慴伏《しょうふく》するばかりである。それが晴天の日となれば、連山の針葉樹を包む白雪は日光に輝いて、美観壮観|譬《たと》うるに言葉もない。それこそ実に都人士に見せたいものであるが、一人として登山する者のないのは遺憾《いかん》である。学生が冬の中に
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