手近き山稜、右に折るれば、槍の最南峰に当る絶嶮地、半ば以上登ると、錫杖の頭を並べたような兀々《こつこつ》した巉岩が数多《あまた》競い立っている。先ずこの右側を廻り、次に左側に向って大嶂壁の下を通り抜ける、今度は「廻れ右」して、この嶂壁の中間にある幾条かの割目を探り、岩角に咬《かじ》りついて登るのだ。峰頭を仰ぐと危岩が転げ落ちそうで、思わず首がすくむ、足下は何十丈だかしれぬ深谷、ちょっとでも踏みそこなうものなら、身も魂もこの世のものとは思われぬ。右に左に、折り返し、繰り返して山頂に攀じ、零時三十五分、三角点の下につき、ほっ[#「ほっ」に傍点]と一息つく。標高約二千九百四十米突。峰頭平凡で記すべき事はない、南岳と命名した。

    十 岩石と偃松

 この近辺を界して、南方の岩石は、藍色末に胡摩塩《ごましお》を少々振りかけたような斑点、藍灰色で堅緻だから、山稜も従って稜々《ぎざぎざ》して、穂高の岩石と、形質がいささかも違わぬ。同じ石英斑岩でも、これから槍下までのは、胡摩塩状斑点が減じて青色を帯び、赤褐色の大豆《だいず》大の塊が点々混ってやや軟かい、砂礫の多量に含む処を見ると、風化し易《や
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