が聳《そび》えている。後の方は今来た道を、遠く富士が頂きを見せている。源氏山の中腹を過ぎると、早川に沿うた連嶺が眼前に展開され、杳《はる》かに水の音がきこえる。細い白樺もチラホラ見える。草山の出鼻を曲ると、やや曇った西の空に、蝙蝠傘《こうもりがさ》を展《ひろ》げたような雪の山が現われた。
待ち焦《こが》れた雪の山、私の足は地から生えたように動かなくなった。前には華やかな色の樺の若木が五、六本、後には暖い鼠色をした早川連嶺が、二重三重と輪廓を画く、その上から顔を出している雪の峰、白峰! 白峰!
人夫はその名を知らなかった。地図も見たがあまりに南へ寄っているので北岳ではない。農鳥《のうとり》でもない、大井川を超《こ》えて赤石《あかいし》が見えるのかとも思った。後に聞いたら赤石山系の悪沢《わるさわ》岳であった。
私どものゆく道は新道で、旧道七曲峠の方からは白峰もかなりよく見えるという。それを楽しみに歩を運んだ。急坂を下ると河原に出る。橋を渡ってまた水を遥かの下に見て、曲り曲りて北を指してゆく。
渓の水音が遥かにきこえる。対岸に幾棟かの藁《わら》屋根が見える。そこは上湯島だという。長い
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