た。ところどころ樅《もみ》の大木がある。富士はいよいよ高くいよいよ大きく見える。
 鰍沢から歩むこと三時間半、道程三里にしてデッチョーの茶屋というに着いた。峠の頂上で、出頂とか絶頂とか書くのであろう。茶屋は少し山蔭の平地に在《あ》って、ただ一軒の穢《きた》ない小屋にすぎない、家の前には、近所の山から採って来た雑木《ぞうき》が盆栽的に並んでいる。真暗な家の中には、夫婦に小供二、三人住んでいる。この子たちはどうして学校へゆくのだろうと気になる。暗い中に曲物《まげもの》が沢山ある。粟《あわ》で飴《あめ》を造って土産に売るのだそうな。握飯を一つ片づけ、渋茶をすすって暫くここに休む。

      四

 茶屋から先は下り一方ではあるが、久しく歩行《ある》かぬためか、足の運びが鈍い、爪先が痛む、コムラが痛む、膝節がいたむ、腿《もも》がいたむ、終《つい》には腰までも痛む、今からこんなことではと気を鼓しつつ進む。
 道は山の裾に沿うて、たえず左に暗い谷を見ながらゆく。掩《おお》い冠《かぶ》さるように枝を延している紅葉の色の美《うるわ》しさは、比ぶるにものがない。前には常盤木《ときわぎ》の繁れる源氏山
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