と思った。
 道は漸く急になる。右に左にうねりつつ登る。上には松に吹く風の音、下にはカサコソと落葉を踏む音、それのみで天地は極めて静である。空は次第に晴れて来て、ジリジリと背を照らす日は暑い。汗で身体は濡れる。外套《がいとう》を取って人夫に持たせる。上衣を脱《ぬ》いで自分で持つ。峠の曲り角では必ず休む。
 かなり高く登った。振向《ふりむ》いて見ると、富士はいつの間にか姿を出している。甲府盆地で見た時とは違って雄大の感がある。麓の方一条の白い河原は、富士川で、淡く煙りの立つあたりは鰍沢だと人夫は指す。
 道の傍に小さな池がある、七面の池という、枯蘆が茂った中に濁った水が少し見える。このあたりは落葉松《からまつ》の林で、葉は僅かに色づいて、ハラハラと地に落ちる。暗い緑の苔と、そして細かき落葉で地は見えない、その上を歩むと、軽く弾《はじ》かれるようでしっとりした感じが爪先から腹にまでも伝わって来るようだ。
 池を離れてからは、短い雑木や芒の山で、日を遮《さえぎ》るものがなく、暑さは前にも増して烈《はげ》しい。人夫の間違で、草刈道を三、四丁迷い込んで跡へ戻った時は、少々|忌々《いまいま》しかっ
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