。
番頭に明日西山行の人夫を頼む。女中のお竹さん、西山の景勝を説くこと極めて詳、ただし湯島近所から雪の山が見えるとはいわないので、少しく心許《こころもと》なく思う。
隣家の素人義太夫《しろうとぎだゆう》をききながら夢に入る。
三
翌朝五時半には、私どもは粉奈屋を発《た》った。空は薄く曇っているが、月があるので明るい。新しい草鞋《わらじ》に、少しく湿った土を踏んでゆく心持はよい。細い流れに沿うてゆく、鼠色の柳が水を覗《のぞ》いている、道は少しずつの上りで沢を渡り田の畔《あぜ》を通る、朝仕事にゆく馬を曳いた男にも逢う、稲を刈りにゆく赤い帯をした女にも逢う、空は漸く明るくなって時々日の目をもらす。
往手にあたって黒い大きな門が見える。刈ったばかりの稲束が、五つ六つ柱によせかけてある、人夫は「これが小室の妙法寺で、本堂は一、二年前に焼けました、立派なお堂だったが惜しいことをした」という。門へ入る、両側に人家がある、宿屋もある、犬が連《しき》りに吠える。
山門を潜ったが、奥にはゆかず、道を左に取って山田の畦をゆく。家の形も面白く、森や林の姿もよい、四、五日の材料はあろう
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