ら入口の土間に小用して、サッサと寝床へ入ってしまった。
「寒いおめはさせません」と、おかみさんは、小ざっぱりした蒲団を出して、幾枚も重ね、幾枚もかけてくれた。寝衣はないから、外套を脱いだばかり、着のみ着のままで横になる。雨戸もない窓の障子の、透間から吹き込む風はかなり冷い。

      二十一

 早川の山小屋よりも寝心地が悪い。柱時計の音は、十を数え十一を数え、十二を数えた。山中の夜は静かで、針を刻むセコンドは殊更に冴えて耳元に響く。やがて一時が鳴る。すぐ上の塒《ねぐら》では一番鶏が啼《な》く。ウトウトしながらも、二時三時と一つも聞き洩さずに一夜を過した。
 窓が白む。ランプが消される。囲炉裡からは白い煙が立つ。一同が起きた。昨夜と同じく、榾火《ほたび》にあたりながら朝食をすます。「よしえ」は母親を急き立てて、黄八丈を出せという。昨日のことを忘れないのだ。母親も忙しい中を、剃刀《かみそり》出して「よしえ」の顔を剃《そ》る、髪を結ぶ、紅いリボンをかける。木綿の黄八丈はいつの間にか着せられて、友禅モスリンの帯が結ばれた。座蒲団を敷いてチョコンと座って「サー官員サン写してもらうぞえ」と腮
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