ったまま囲炉裡の傍へゆく。退屈紛れに、このお茶ッピーでもと思って、スケッチブックを出す。おかみさんはこれを見て「よしえ早く隠れろ!」と、けたたましい声で叫ぶ、「そんな見ぐさい風して写されては叶わんぞ。池の茶屋の『ボコ』はこんなだと、東京へ持って帰って話されたら困るに、早や着物を着かえさすに、こっちへ来う」という、「あの黄八丈の着物かや」とよしえは大喜びだ、大変なことになってしまった。明日だ明日だと、私は大急ぎにスケッチブックを袂《たもと》に蔵《しま》った。
亭主は小さな「ボコ」を抱いて、囲炉裡で飯を炊《かし》ぐ。おかみさんは汁を造るべく里芋を洗う。そして皮つきのまま鍋の中に投げ込む。塩引鱒が焼かれたが、私はそんなものに用はない、宿の人たちとともに、焚火の傍で夕食をすました。
亭主は突然口を切って、「平林から先年東京へ出た人があるが、東京も広いそうだから御存知あるまい」という。「有名な人か」と聞いたら、「村で失敗して、夜逃げのようにして往ったのだ」という。人口二百万という数は、この人たちには見当がつくまい。東京を鰍沢の少し大きい位いに思っているのかもしれぬ。
おかみさんは、「俺《お
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