十七

 九日には曇っていたが、降りそうにもないので、前日見ておいた湯島河原の小流を写そうと思って、九時頃から出かけた。上湯島に渡る釣橋の手前で、河原を少し跡へ戻ると若杉の森があって、その下に細い流れが見える。流れに掩《おお》い冠さっている秋草の色が美《うるわ》しい。ここで縦《ほしいまま》画を描きはじめて四、五時間を送った。
 十日には出発の予定であったが、朝起きて見れば、すさまじき大雨で終に見合わせた、昨夜は満天に星が輝いていたのに、秋の空は頼みがたいものだと思う。
 清かりし湯川の水も濁り、早川は褐色に変って、水嵩《みずかさ》も常に幾倍して凄い勢いであった。
 湯島温泉の長所は、気候の温和なため、秋の紅葉が長く見られること、宿の気の置けぬことなどで、短所は、ちょっと出るにも武装をせねばならぬ不便、郵便のおそきこと、物価の安からぬことなどである。夜に入って大風吹きすさみ、梢《こずえ》を鳴らし枝を振う、紅葉黄葉、恐らくあとかたもなく早川の流に乱れて、遠く遠く南の方に去り、一夜にしてこの渓を冬に化せしめしことならんと思いつつ夢に入る。

      十八

 十一日は、霧の間に所
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