々鮮かなコバルトの空も見えた。宿を出たのは八時半、峠の上までというので、宿の若い人に荷物をたのむ。来路を避けて七曲峠を、池の茶屋へ出で、鰍沢に向うのである。
 天長節に上った峠、それと同じ道で、通例曲折の烈しきところを、よく九十九折《つづらおり》などと形容するが、ここは実に二百余を数えた。あいにくの霧は南の空を掩うて、雪の峰は少しも見えない。
 一里ほどで栂《つが》の林となる、ジメジメと土は濡れて心持がわるい。折々白い霧は麓から巻き上げてきて、幹と幹との間を数丁の隔たりに見せる。峠を越して少し下り道のところで若者に別れ、これからは独りでかなり重い道具を担《かつ》いでゆく。何処《どこ》も霧で、数間先もよく見えぬ、心細いこと夥しい。
 雨後奇寒のために出来た現象であろう。道端の木々の枝は、珠《たま》と連なる雨水が、皆凍って、水晶で飾ったように、極めて美《うるわ》しい。木の葉には、霧は露となり、露は凍って、氷掛けの菓子のようになって、枝にしがみついている。時ならぬ人の気配に驚いてか、山鳥が近くの草叢《くさむら》から飛出す。ハタハタと彼方に音するのは、鳩であろう。山毛欅《ぶな》の大木に絡《から
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