へ堕《お》ち込むような気がして、夢はいく度となく破れる。何やら虫がいて、襟から手元から、そこらあたりがむず痒《がゆ》い。右を下にした、左を下にした、仰向《あおむ》いても見た、時々は吾《われ》知らず足を伸ばして、薪木を蹴り火花を散し、驚いて飛起きたこともあった。
宗平兄弟も、鼾《いびき》の声はするがよくは眠らぬらしい、絶えず起きては火を消すまいとする。おかげで少しも寒さを覚えなかった。サラサラと板屋をうつ雨の音がする。烈《はげ》しくは降らぬが急に歇《や》みそうにもない。井川の山々は、何故私に逢うのを嫌うのだろうと情なくもなる。
十六
無造作に押よせた入口の草の戸、その隙間《すきま》から薄明りがさして、いつか夜は明けたらしい。起きて屋外へ出たが、一面の霧で何も見えない。西山東山、そんな遠くは言わずもがな、足許《あしもと》の水桶さえも定かではない。恐しい深い霧だ、天地はただ明るい鼠色に塗られてしまった。
顔を洗うことは出来ない、僅かに茶碗に一杯の水で口を漱《すす》いで小屋に入る。宗忠は飯を炊き始める。水桶に移すと、今度は宗平が飯を炊く、見ると湯の沸いた中へ、一升ばかりの
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