、早川の渓音が幽《かす》かに、遠く淙々《そうそう》と耳に入る。
 薪《たきぎ》は太きものが夥《おびただ》しく加えられた、狭きところを押合うように銘々横になる。宗平と宗忠は、私に遠慮して、入口近く一団となって寝ている。枕は「メンパ」であろう。宗忠の持ってきた怪しげな縞毛布が、二人に一枚かけられてある。私は、彼らが手にとって見て、ゾッキ毛糸だと驚いた厚《あつ》羅紗《らしゃ》の外套を着たまま、有合せの蒲団を恐る恐るかけた。枕は写生箱の上に、新しい草鞋、頭が痛いので手袋を載せた、箱が辷って工合がわるい。
 いずれも足は囲炉裡の中へ、縮めながらも踏込んだままだ。榾火が消えかかると、誰か起きては薪を加える、パチパチと音して、暫くは白い煙がたつ、パッと燃え上る、驚いて足を引っ込めるが、またいつか灰の中に入って、足袋の先を焦《こ》がすのであった。
 小屋には牀《とこ》はない、土の上に莚《むしろ》を敷いたばかりだが、その土は渓の方へ低くなっている。囲炉裡に足を入れていては、勢い頭は低い方に向く、頭の足より低いのは、一体|心地《ここち》のよいものではない。身体は崖の方にズリ下る、ズッてズッてそのまま早川渓
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