は殆ど姿も見せぬという。猿は山畠に豆をとりに来るが、その数も少くなったという。数年前、信濃の猟師が、この山で大熊を捕えたが、格闘のとき頬の肉を喰い取られた。熊は百金に代えられたものの、頬の治療に八十五円を費やし、結局三、四ヶ月遊んだだけの損であったという。
 湯島村の経済に話は移る。
 貧しい村で、農産物は少しばかりの麦、粟、稗、豆のたぐいと、僅かの野菜にすぎぬが、それでも村で食うだけはある。いずれも山畠で、男の児は十二、三になれば、夏は一日一度は山畠に出る。砂糖もなく、菓子もなく、果物もない、この土地の子供は気の毒なものだ。夏の野に木苺《きいちご》をもとめ、秋の山に木通《あけび》や葡萄《ぶどう》の蔓《つる》をたずねて、淡い淡い甘味に満足しているのである。
 家々の生活は簡単なもので、醤油《しょうゆ》なければ、麦の味噌はすべてのものの調味を掌《つかさど》っている。鰹節《かつおぶし》などは、世にあることも知るまい、梅干すらない。
 早川はあっても魚は少い。このように村は貧しいが、また天恵もないではない。湯島の温泉から年々いくらかの税金も取れる、早川から冬は砂金が採れる。交通が不便のお蔭に
前へ 次へ
全50ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大下 藤次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング