終った。彼らの手にせる「メンパ」というのは、美濃方面で出来る漆で塗った小判形の弁当箱で、二合五|勺《しゃく》入りと三合入りとある。山へ出る時は、二つもしくは三つを持ってゆくという。彼らの常食は、一日七、八合、仕事に出た時は一升が普通だときいては、如何に粟や稗の飯でも、よく食べられたものだと感心する。
十四
山小屋の秋の一夜。私はツルゲネフの『猟人日記』を思いうかべつつ、再び遭《あ》うことの難かるべきこの詩的の一夜を、楽しく過さん手段を考えた。
窓近くに鹿が鳴いたら嬉しかろう。係蹄で捕れた兎の肉を、串にさして榾火《ほたび》で焼きながら、物語をしたら楽しかろうと思った。囲炉裡《いろり》の火は快よく燃える。銘々《めいめい》長く双脚を伸して、山の話村の話、さては都の話に時の移るをも知らない。
宗平は真鍮《しんちゅう》の煙管《キセル》に莨《たばこ》をつめつつ語る、さして興味ある物語でもないが、こうした時こうした場所では、それも趣《おもむ》きふかくきかれたのであった。
猟の話から始まる。
昔は、羚羊も、鹿も、猪も、熊も、猿も、狼も、里近くまで来た、その数も多かったが、近頃
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