私は草鞋を解いて初めて快よく足を伸した。
 日のくれぐれに一袋の米と味噌《みそ》を背負って宗忠は帰って来た。ここは狭いから老人は下の小屋へ泊るというて、何やら入った袋をさげて下りてゆく。宗忠は鍋の中で米を磨《と》ぐ、火にかける、飯が出来たらそれを深い水桶にあけて、その跡へは味噌をとき、皮もむかぬ馬鈴薯《ばれいしょ》を入れて味噌汁をつくる。私の好奇心は、宗忠の為事《しごと》に少からぬ興味を覚えた。
 戸外に足音がする、明けて見ると、闇の中を宗忠の兄の宗平が帰って来た。六万平近く山仕事をしていたが、夕方に出た雲が気になるので帰って来たのだという。雲とは何、せっかく山中に泊って雨では困るが、これも詮方《せんかた》がない。
 三人で食事にかかる、手ランプには少し油があったので、それをともす。写生箱は膳の代りとなり、筆は箸《はし》になる。二つの縁《ふち》の壊《か》けた茶碗、一つには飯が盛られ、一つには汁がつがれた。宗平兄弟は「メンパ」とよぶ弁当箱を出して、汁を上から掛けては箸を運ぶ。
 土もついているらしい薯《いも》の汁も、空腹《すきはら》には珍味である。山盛三杯の飯を平げて、湯も飲まずに食事を
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