は帰れようというので、七日の朝、私は宗平を連れてそこにゆくことにした。
晴れた日であった。写生箱画板など、いささかな荷物を宗平の背に托して、早川に沿うて下流へと歩を運んだ。道もせに咲き残っている紅の竹石花、純白の野菊、うす紫の松虫草などとりどりに美《うるわ》しい。上湯島の少し手前から河原に下りる、山崩れの跡が幾カ所かあった。道は平ではない。早川の水が堰《せ》かれて淵を成すところ、激して飛瀑《ひばく》を成すところ、いずれもよき画題である。長い釣橋を右に見てそれを渡らずに七、八丁もゆくと、黒い黒い杉の森が見える農家の屋根、桑の畑、水車、小流、そこが下湯島の村で、石垣に沿える小道を通って、私どもは宗忠の家に立よった。
下湯島の村は、数年前全戸殆ど火の禍をうけたため、家は皆新しい。上湯島には萱葺《かやぶき》の屋根多きにここは板屋に石を載せて置く。家は小さいが木は多いから、さすがに柱は太い。村というても平地は殆どないが、やや緩《ゆる》やかな傾斜地に麦が作ってある。畑の中には大きな石がゴロゴロしている。家の廻りには鍬《くわ》の把《は》、天秤棒《てんびんぼう》、下駄など、山で荒削りにされたまま軒
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