幹は黒々と、葉は淡きバアントシーナを塗ったように、琥珀《こはく》色に透明して、極めて美《うるわ》しい。画きたい画きたいと、一度は三脚の紐《ひも》を解いたが、帰り道の崖崩れを思うと、何となく急き立てられるようで、終に筆を採らずにしまった。
危うい崖道も、来た時よりはらくに過ぎて、湯川近くに二日前の写生を続けた。二日前は曇った日で、今日は晴れている。調子は異《ちが》うが、日が傾いて谷は暗く、水色も同じに見えるので少し無理だが仕上げることにした。
この日はかなり長い道を歩いた、膝の関節が痛い。
十一
下湯島の猟師に、大村晃平、中村宗平というのがある。烏水氏らの案内をして、幾度となく白峰の奥へ往った人たちだ。晃平は中風《ちゅうぶう》病で寝ている。宗平は山仕事が忙しい。宗平の弟に宗忠というのはこの夏山岳会の人たちの赤石縦走を試みた時、人夫として同行したという。その男は職業は大工でいま新潟の仕事に来ている。いろいろ山の話をきくと、下湯島の対岸を上ること一里半ほどで、六万平というところからは、井川の山々(白峰連嶺)、またその先の赤石の方までもよく見えるという。朝早く出れば夕方に
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