で往っていたのだという。女中のお吉さんは、雨のふりしきる中を、一里あまり峠上の飴の茶屋まで出迎にゆき、「ボコ」を負うて帰って来たが辛かったとこぼす。お吉さんはさっぱりとした気性の、よく働く娘で、平林のものだという。おかみさんのお伴に往ったお春という女中も帰って来た。「お祭は面白かったかね」と問うたら「往きにも帰りにも、また青柳でも『ボコ』を背負い詰めで、何の面白いどころかからだが砕けそうだ」とこれも少からず不平をいっていた。

      八

 晩秋は雨の少い季節だのに、五日になってもまだ降っている。うす暗い座敷で写生を突ついたり書物を見たりして暮らす。ラスキンの伝記も見た。トルストイの「ホワット・イズ・アート」も読んだ。昼前に若い一人の男が来て、兎を一羽買ってくれという。副食物の単調に閉口しているおりだから早速三十銭で求める。いろいろ近所の山の話をして男は帰った。
 昼には兎を煮てきてくれた。おかみさんは鍋を火鉢にかけながら、兎の価が高いというてうるさいほど口小言をいう、こちらはそんなことはかまわない。塩引鱒《しおびきます》や筋の多い牛の「やまと煮」よりは、この方が結構である。
 
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