は近頃毎日配達されるが、甲府から四日目でなくては着かぬそうだ。
六
その夜は快く眠った。明くれば天長節、満空一点の雲もない好天気だ。裏の滝壺で顔を洗う、握飯を腰にして平林道の峠を上る、幾十折、雑木を抜けると焼畑がある。また林に入る。暑さに苦しみながら十四、五丁も上ると、北の方に忽然《こつぜん》雪の山が現われた。白河内《しろこうち》岳という白峰連山の一部であるそうだが、この時はやはり名を知らない。高く上れば多く見えるわけだ。脚《あし》は痛いが勉強して上る。初め三角形に白かった山は、肌が見えて来る。赭色をした地辷《じすべ》りも露われてくる。もう少しもう少しと上るうちに、南の方にもまた一つ白い峰が顔を出す。これは昨日見た悪沢《わるさわ》岳だ。更に上り上って、終に一里あまりも来て、大きな山毛欅《ぶな》を前景に、三、四時間ばかり一生懸命に写生をした。
日は南へ廻って、雪の蔭は淡くコバルト色になる。前岳は濃いオルトラマリンに変る。近くには半ば葉の堕《お》ちた巨木の枝が参差《しんし》として「サルオガセ」が頼りなげにかかっている。朝から人にも逢わぬ。獣も見ぬ、鳥さえも啼《な》かぬ、
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