時二十分、また左から小さな沢が合した。振り返ると谷の空に遠く金字形の峰頭が浮んでいる。何山であるかその時は判然しなかったが、四阿山《あずまやさん》の頂上であることを後に知った。暫くして二丈ばかりの瀑があり、右から小沢が合している。瀑の左側をからみ、苦もなくこれを越えるとまた三丈ばかりの滝があった。それを上って一町も行くと、また左に一沢を分っている。其処から三町程度進むと流は尽きそうになって、ちょろちょろ水が岩間に湛えているに過ぎない。そこで昼飯にした。谷の眺望が少し開けて、雁坂から金峰に至る秩父山塊、浅間山、その前に矢筈山、その右に四阿山などが見えた。空が急に曇って西北の風が強く吹き出したと思うと、霰が降り間もなく雪がちらついてきた。動かずにいると手足がかじかむ程寒い。幸に雪は幾程もなく霽《は》れた。
水のない谷はいつの間にか山ひらに変っていた。下生えがないので歩きよい。黒木の林中は秩父あたりとよく似ている。しかし尾根の頂上近くには大分倒木があった。その中を潜り抜けて皇海山西方の鞍部に辿り着いたのが午後十二時四十分である。眼を上げると奥白根の雪に輝くドームが正面に聳え、左に錫と笠の二
前へ
次へ
全26ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木暮 理太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング