でやっと人心地がついた。二人とも著しく食慾が減退しているのに気が付く。昨夜ビスケットを少したべたまま、晩も朝も食わず、その上もう昼を過ぎている。それにもかかわらず膳に向って箸《はし》を取ると、汁の外は喉を通らぬ。やむなく生卵を二つばかり飲んで三食に代えた。よほど体に変調を来したものと見える。これで山登りが出来るかと心配になった。藤島君は若いだけに元気がよく、一、二杯は平げたようであった。
三時頃になって西の空が明るくなったと思うと、青空が現れて日がさして来た。ひまをみて帳場に行き、主人に皇海山のことを聞いた。よくは知らぬがこの先の不動沢から登れるそうだとのことで、伐採が入っているから路があるかも知れぬと附け足した。何にしても登れることは確かだ。それで乾し物に全力を注いだが、翌朝になっても全部乾燥しなかった。
十九日の朝も依然として食慾がない。辛くも一椀を挙げ、また干し物に手間取って出発したのは午前八時五十分であった。家の前を少し西に行き、右に折れて砥沢を渡り、坂を登り切ると尾根の上の少し平な所に出る。東北に黒木の繁った皇海山の姿が初めて近く望まれた。延間《えんま》峠の方へは一条の径
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