上り、左に西南の方向を取って、地図の小径のすぐ北に在る千九百二十米の圏を有する峰(ネナ山、餅ヶ瀬の称呼)の頂上附近に達し、その時左に見えたものは即ち小径の在る尾根であったのを、袈裟丸山に続く国境尾根と誤り、右に国境尾根を南進したのを、反て北に向って進んだものと信じ、千九百五十七米の三角点(流小屋ノ頭、餅ヶ瀬の称呼)あるすぐ北の峰から真西に向って枝尾根を下りながらやはり真直ぐに進んでいると思ったのであった。上州側のこの辺は八林班であるから既に伐採が済んで、植林も終っていたのである。北風にしては温いと思ったのも道理、実は南風であったのだ。二度も殆んど直角に曲っておりながら、少しも気付かず直線に進行しているものと信じていることなどは、単に地図上で判断しては、到底了解されるものではない。
 砥沢には宿屋はないが、飯場をしている吉田留吉という人の家で泊めてくれるとのことに、そこを尋ねて一泊頼むと快く応じてくれた。座敷に通ると火鉢や炬燵《こたつ》に火を山のように入れてもらって、濡れた物を乾しにかかった。身に着いていたもので濡れていないものは一つもなかった。風呂に入ってドテラに着換え、炬燵に寝ころん
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