炎を惹き起していて、熱が四十度を越えると、原稿、原稿とうわ[#「うわ」に傍点]言をいい初めていた。久能が意識を戻すと、青江が傍にいて胸に氷嚢を当てていた。久能はもう先頃の争そいを綺麗に忘れて、青江のするままに、薬を飲んだり、吸入したりした。一体に極端なほど病気に弱い久能はもうすっかり子供になっていて、母ちゃん、ここにいて、と病気の時は一刻も母を離さず、母の手を握っていたように、青江を離さず、青江の手をつかまえていた。そして十日程青江は会社を休んで久能の病床にいた。そして楽しげだった。そこへ雑誌が出来て来た。恢復期の奇妙に新鮮になっている久能の眼に初めて活字になった自分の名が、生きて踊っている小動物に見えた。頼子の随筆も載っていた。リラなのね、と青江はその終りの部分を突ついていった。その文章は昔から今日までのフランスの貴婦人達が愛した香料を考証したもので最後に、自分はリラの香を愛すると書かれていた。久能は青江に文筥から頼子の手紙を出させたが、感覚を失ったためなのかもうその匂は消えていた。青江が、そのお嬢さん、どんな人? と委しく聞き出すのを、久能は、幾日も看護されていた心の弱さで、青江の
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