、自然に眼頭が熱くなって、今にも弱身をみせそうになるので、自分の方から部屋を出ていき、夜の街を、暗いところ暗いところと歩みまわった。すると次第に青江が気の毒になり、自分の心の狭さが後悔され、ああ、あのまま知らぬ顔をしておれば、青江も喜ぶのだし、自分も労力を大分省けたものを、もっとずるくなって悉皆青江に写さして了えばいいものをと考え、遠くの何一つ本当の生活を知らない頼子に徒らな興味や尊敬をもちながら、近くで実際的な親切を尽して呉れる青江には何故こんなに冷淡なのだろう、青江の官能的な圧迫を一々悪意にとって彼女を苦しめるには当らないじゃあないか、自分は間違っている、青江にあやまろうと思っている中にまた、いや、僅かでも彼女を許せば、ずるずるっと彼女のとりこ[#「とりこ」に傍点]になって了うぞと怖ろしく感じ、とりとめなく歩きまわっていた。
 その夜から再び青江は久能に冷淡になった。勿論その蔭には強烈な意識が針のように動いていた。お互の時間がかけ違っていて機会は滅多になかったが、出会っても、知らぬ顔をし、一緒に食事する時も一枚の板のような表情だった。
 頼子から承諾の手紙が来た。同じ封筒、同じ芳香
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