した声で、入ってもよくってというので、急いで依頼状を隠し、うんと答えると、彼女は手に百合の花を持っていて、お友達にもらったのよ、と上気して言訳をいいながら、放り出されていた花瓶に生けて本柵の上に置くと、ああ強い、いやな匂だ、頼子の手紙のかおり[#「かおり」に傍点]の幻影が消えて了う、と不快さを明らさまに表わしながら、せっせと久能はノートを筆記した。忙しくて? と青江が寄って来ると忙しくて堪まらないんだ、こんなに溜っているとノートを広げて見せ、青江に少しの隙もみせず、追い遣って、階段の音がきえると、ホッとしてまた依頼状をかき出した。
頼子の手紙が来てからというものは、どういう刺戟からか、久能に示した青江の変化は激しかった。隙をうかがっては彼の傍に現われて話しかけ、襟の屑を払ったり、しまいには夜具の汚れた上被を解いて洗い、毎日、新らしい花を生けた。久能は一向気づかない風だったが、ある夜帰って来るとノートが十二頁青江の手で写され、彼女は尚机にうつぶしになって一心にペンを動かしていた。久能はすぐ難かしい顔をして、ノートを取りあげてみると、拙劣な、しかし丁寧な字がならび、原語は四頁まで刻命に、
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