のように誤信せずにいられなかった。久能は雑誌を飾るため新い作家として売り出していた龍野氏に原稿を依頼してあった。これは龍野氏の妹の頼子からの手紙で、兄は急に旅行に出かけたので、お約束を果すことが出来ない、宜しく伝えて呉れる様にとの事でしたという簡単な謝り状を久能は繰返し繰返し読み、頼子は恐らく自分達の仕事に関心をもっていて呉れるのだと推察し、ふと彼女も仏文学に堪能なことを思付くと、彼女に何か書いて貰おうとすぐ決心した。その夜青江を責めると、却って久能が浮き浮きしているのを逆襲され、青江の眼の色がいつもと違ってじっと自分を見据えているのに気づかず、青江のいう通りかも知れない、一二度龍野氏を訪ねた際、頼子に直接会いはしなかったが、襖越しに声を聞いたことはあり、龍野氏の前に踞んで、腕に余る猫を抱いていた写真を見て、兄の冷たい鋭どさが、ずっと奥にひそまって穏やかに輝いているのに惹かれたことがあった。実はその雑誌を今日古本屋で探し出して来て、妹の姿だけを切抜き、その手紙の中に入れて置いた処だった。久能が机の前に坐って、頼子宛の依頼状を認めていると、忍び足に階段を登って来た青江が平生にないおどおど
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