。久能は自分をあわれみ、あれほどの青江の強情さは、もう尊敬していいではないかと思って来た。こういう瀕死の場合、久能は青江を信じたまま静かに死を迎えようとしていた。
併し久能が急に青江に会いたいといい出したのは、彼の生命が取止められたと医師から告げられた朝だった。三ツ木は興奮してとび込んで来、俺は君が死んだら、頭を剃って西国巡礼に出かける気でいたよ、と、あははははと笑うと、久能は棘棘しい表情で、しきりにいらいらしていたが、とうとう青江に電報を打って呉れといった。三ツ木は変だなと思ったが看護婦に電報を打たせにやると、久能は、青江が来たら、僕は絶望だといって呉れと、無愛想にいって顔を伏せた。三ツ木は久能の眼に涙が光っていたのを見、久能はまだ青江に含んでいるのだな、こんな疲れた、灰色の皮膚の下に嫉妬がのたうっているのか、哀れな奴だ、と彼の長く伸びた頬ひげを見ていた。
翌朝、青江は花束を抱いて病室に現われた。看護婦に案内されて入って来たのを見ると急いで三ツ木は廊下に出た。どうなさったの? 青江の頬は濡れていて、唇が白痴のように開いていた。久能は薄目でそれをみとると、怒りが消え弱い微笑が全身に
前へ
次へ
全33ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊田 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング