理きいてくれないか?
 久能はそういいながら青江から圧迫を感じた。青江が本当に久能の自殺する気になっていないのを察し切って、あわて出さずにいるらしい、彼女があわて出さずにいれば、自分の方が先にあわて出すだろうと思うと、久能はもう観念の眼を閉じて、青江に負けていてはもう切りのない悲惨だ。本当に自殺しようとあやしい決意にゆすぶられ不安になって来た。それは丁度青江のなかにとびこんでいく前の不安と同じな怖しく、蕩かすような誘惑だった。
 久能と青江は街に出てキネマを見に這入った。久能は無感覚に画面をみつめ、青江の手を握っていた。楽しいようでもあった。そして、死というものはこんなに安易な、まやかしなものなのだろうか? と考えていた。青江にも変った風はなく、ときどき花粉にまみれたように化粧した顔をふりむけて久能に笑いかけ、指に力をこめた。しかし青江の奴、いつ逃げ出すかしれない。そうしたら自分はどう感ずるだろう、ホッとするか、失望するか、考えまわし、ガスの充満した部屋を描き、無様に死んでいる二人を他人の様に想像していた。

 久能が本当に死にかかったのはその初夏だった。職を求めるために無理をして、よ
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