向かず、眉をひきつり、ぷっぷっと煙草のけむりを吐いていた。どうかなさって? と心配する青江の腕を肩から振り落し、むき直って冷淡に、今日はお別れに来たのだ、というと青江は、え※[#疑問符感嘆符、1−8−77] どこかへお出かけになるの、と膝を進めるので、久能は、ここへ来るのをこれきりにしようと思って来た、と答えると、青江は、信用しなくなり、おどかさないでよ、と魅惑的に笑い、狭い台所に降りて夕食の仕度を始めた。久能は自分の思う壺に落ちて来ない青江を持て余しながら、どうすれば彼女の鉄の様な唇を開くことが出来るだろうと考えていた。併し向い合って箸を取り出すと決心も、疑も弛み、青江の楽しげな笑いにまき込まれそうになった。こうしていると本当の夫婦の様ね、いいや本当の夫婦なんだわ、と青江が擽るような眼差をすると、久能は他人がみたらそう思うだろうさ、併し本人達のみじめさはどうだ、敵と一緒にいるというのは此の事だ、と苦笑したが、でもうれしいわ、と青江は食器を片づけ出すのだった。その時、青江の艶やかさが痛む程久能の眼にしみて、ああ俺は完全に青江の奴隷になりかけているな、あの時分は追いかけられていたのだが、
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