ないでいる癖に、青江の行為が例えどの様に汚れていようと、自分にはそれを責める権能も、関心もない筈ではないのか、と反省しながらも、裏切ったばかりでなく、裏切っていることさえひた隠しにしている青江は二重に自分を裏切っているのだと、本能的にわいて来る口惜しさや、他の男の影がちらつく不快さに久能は眼前が昏くなった。その時久能は自分が青江に負けているのをしみじみ感じた。久能が結婚しないよといっても平気でいて、現実の行為の世界でずんずん久能をひきずっていく青江には勝てない、ああ俺はどうしてこんなにうわべの、青江の告白などという言葉ばかりを捜しているのだろう。今だにひたすら青江を信じたい気持が――俺は青江から純粋に愛されていたのだという意識や、記憶を持ちたい感情が、久能の胸の奥に恋々と居坐っていた。そしてそれ等を背景に置くと、青江の、今まで厭わしかった点が、急に眼を射るように輝き、久能を魅して来、到底青江から離れることは出来ないと思わせた。
菊崎に別れて、久能は古本屋に立寄り、大事にしていた原語の詩集類を僅かな金に代えて売り払った。職に就けないでいる久能は蔵書を医療費にあてていた。それも元より多く
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