ろうとも期待出来ない、(そう漠然と青江を突っぱなすのは久能には変に快よかった。或はそれは既に愛着の現われであったかもしれないが)あなたの親達のすすめている結婚の背後には暗い影も見えないようだし、その男も写真でみたところだけでは僕などよりずっとしっかりしていそうだ、と冷淡に言いながら、久能は自分がひそかに青江が反対に一層彼に頼って来るのを待っているのに気づき、三ツ木の悪魔の言葉がここにもうろついているのが知れ、冷酷ね、あなたはと青江の眼に涙が光り、溢れて来たのを、むしろうずうずして内心にうれしがっていて、頬を親切げにふいてやり、肩を抱いて暗い廊下に出ると、俺はとうとう青江にこのまま遠ざかってしまうのだな、と悪魔の声をききながら、そのまま押すように青江をその部屋に送りとどけた。そして自分の部屋に帰って来て枕にうずくまっていると、突然、体が左右に揺れ出して、そうなると久能は完全な一匹の獣類になって、孤独だ! 孤独だ! と吼えはじめて階段を辷りおり、青江さん! 来て下さい、僕は淋しくて狂い出しそうです、と三時をすぎた静寂の中にうつろな声で獣のようにささやいていた。
 久能は言葉を信じている性質
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