のだといって金を借りて別れていった三ツ木の言葉を思い出していた。それは青春の心臓の妖しい潮騒だった。久能はもう久しい事その響をきいていたが、堰を破る程にも狂い出さず、いつも対象を遠い時と所とに置いていたのに、三ツ木は無理矢理にその距離を狭ばめ、ああ僕はもう今、淵の前に立っているのだな、と初めてわかり、青江が全く新らしい眼の前に立ち、自分は危険な一線に近づいていたのかと、三ツ木にして見れば平凡極まる推測が、久能にはなまましく、魅するような悪魔の言葉に聞きとれたのだった。久能は獣になろうとしている自分を感じ、愛し切れない青江にこれ以上近づいたら、その後に開けてくるのは地獄の外にはないのだと考え、もう三ツ木の言葉がかもし出した新らしい悪戦苦闘を闘い出していた。
ある夜、その頃は秋も大分闌けていた、病気以来遊びに来ない日のなくなった青江は久能の部屋に這入ったきり出ていこうとしなかった。彼女は親達から帰国を強要されていた。そこには彼等が良縁だと熱心になっている相手が手を伸べていた。帰りたくないわ、と傍を離れない青江に久能は少しも感情の動きを示さないように努めて、東京にいても青江に格別な幸福があ
前へ
次へ
全33ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊田 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング