た。
僕の東京の住家は芝区|明船町《あけふねちょう》だ。そこへ着いたのは夜の十時過ぎ――車を帰して、締っている戸をたたいていると、家の前を通り過ぎた人が一人あって、それが跡もどりをして来て、
「義雄かい?」僕の父であった。
「ただいま帰りました」と、僕はあわてて、少しきまりが悪く答えた。きょうは帰っただろうと、それとなく、わざわざ見まわりに来たところなのだろうから、父も随分心配しているのかと、僕のからだが縮みあがった。が、「まア、おはいんなさい」と、戸が明くのを待って、僕は父を座敷へ通した。
妻が残して行った二人の子供のいびきが、隣りの室から聴えている。
僕が茶を命じたら、
「今、火を起しますから」と、妻の母は答えた。
「もう、茶はいりませんよ、お婆アさん」と言っておいて、父は僕に対してすこぶる厳格な態度になり、
「今度のことはどうしたと言うんだ?」
「………」僕は少し心を落ち着けてから、父の顔を見い見い答えた。「このことは何にも聴いて下さんな、自分が苦しんで、自分が処分をつけるつもりですから」
「そうか」と、父は僕の何にも言わない決心を見て取ったのだろう、「じゃア、もう、きょう
前へ
次へ
全119ページ中89ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング