刻、吉弥さんからそれは承っております」と、おかみさんは襷《たすき》の一方をはずした。
「もう、通知してあるのか? 気の早い奴だ、なア」と、僕は二階へあがりかけた。
 おかみさんは、どうしたのか、あわてて僕を呼び止め、いつもと違った下座敷へ案内して、
「しばらくお待ちなさって――二階がすぐ明きますから」
「お客さんか、ね」と、僕は何気なくそこへ落ちついた。
 かみさんが出て行った跡で、ふと気がつくと、二階に吉弥の声がしている。芸者が料理屋へ呼ばれているのは別に不思議はないのだが、実は吉弥の自白によると、ここのかみさんがひそかに取り持って、吉弥とかの小銀行の田島とを近ごろ接近させていたのだ。田島はこれがためにこの家に大分借金が出来たし、また他の方面でも負財のために頸《くび》がまわらなくなっている。僕が吉弥をなじると、
「お金こそ使わしてはやるが」と、かの女は答えた。「田島さんとほかの関係はない。考えて見ても分るだろうじゃアないか、奥さんになってくれいッて、もしなって国府津にいたら、あッちからもこッちからもあたいを闇打《やみう》ちにする人が出て来るかも知れやアしない、わ」
「お前はそう方々に
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