》ばかりを守っていたらいいという考えのものが多い。それでは、社会に活動しようとする男子の心を十分に占領するだけの手段または奮発(僕はこれを真に生きた愛情という)がないではないか? 僕は僕の妻を半身不随の動物としか思えないのだ。いッそ、吉弥を妾にして、女優問題などは断念してしまおうかと思って見た。
 そうだ、そうだ。今の僕には女優問題などは二の町のことで、もう、とっくに、僕というものは吉弥の胸に融《と》けてしまっているのではないか? 決心を見せろとか、何とか、口では吉弥に強く出ているが、その実、僕の心はかの女の思うままになっているのではないか? いッそ、かの女の思うままになっているくらいなら、むずかしいしかもあやふやな問題を提出して、吉弥に敬して遠ざけられたり、その親どもにかげで嫌われたりするよりか、全く一心をあげて、かの女の真情を動かした方がよかろうとも思った。
 僕の胸はいちじくの果よりもやわらかく、僕の心はいちじくの葉よりももろくなっていたのだ。
 ふと浪の音が聴えて来た。泳ぎに行って知っているが、長くたわんだ、綺麗な海岸線を洗う波の音だ。さッと言っては押し寄せ、すッと静かに引きさ
前へ 次へ
全119ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング