またその代りを一苦労せにゃならん。――おい、お君、馬鹿どもにお銚子《ちょうし》をつけてやんな」
 お君は、あざ笑いながら、台どころに働いている母にお燗《かん》の用意を命じた。
 僕は何だか吉弥もいやになった、井筒屋もいやになった、また自分自身をもいやになった。
 僕が帰りかけると、井筒屋の表口に車が二台ついた。それから降りたのは四十七、八の肥えた女――吉弥の母らしい――に、その亭主らしい男。母ばかりではない、おやじもやって来たのだ。僕はこらえていた不愉快の上に、また何だか、おそろしいような気が加わって、そこそこに帰って来た。

     一〇

 吉弥は、よもや、僕がたびたび勧め、かの女も十分決心したと言ったことを忘れはしまい。よしんば、親が承知しないで、その決心――それも実は当てにならない――をひる返すことがあるにしろ、一度はそれを親どもに話さないことはあるまい。話しさえすれば、親の方から僕に何とか相談があるに違いない。僕の方に乗り気になれば、すぐにも来そうなものだ。いや、もし吉弥がまだ僕のことを知らしてないとすれば、青木の来ているところで話し出すわけには行くまい。あいつも随分頓馬な
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