主人の姉と芸者とが加わっていた。主人夫婦はごくお人よしで家業大事とばかり、家の掃除と料理とのために、朝から晩まで一生懸命に働いていた。主人の姉――名はお貞《さだ》――というのが、昔からのえら物《ぶつ》で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利《き》く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄《す》てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちないことがあると、意張《いば》りたがるお客が家の者にがなりつくような権幕であった。
 お君というその姪《めい》、すなわち、そこの娘も、年は十六だが、叔母《おば》に似た性質で、――客の前へ出ては内気で、無愛嬌《ぶあいきょう》だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、火鉢《ひばち》の前に坐《すわ》って、目を離さず、その長い頤《あご》で両親を使いまわしている。前年など、かかえられていた芸者が、この娘の皮肉の折檻《せっかん》に堪えきれないで、海へ身を投げて死んだ。それから、急に不評判になって、あの婆さんと娘とがいる間は、井筒屋へは行って
前へ 次へ
全119ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング