問すると、もう出発していなかった。僕は何だか興ざめた気がした。それから、一週間、二週間を経ても、友人からは何の音沙汰《おとさた》もなかった。しかし、僕は、どんな難局に立っても、この女を女優に仕立てあげようという熱心が出ていた。
六
僕は井筒屋の風呂《ふろ》を貰《もら》っていたが、雨が降ったり、あまり涼しかったりする日は沸《た》たないので、自然近処の銭湯に行くことになった。吉弥も自分のうちのは立っても夕がたなどで、お座敷時刻の間に合わないと言って、銭湯に行っていた。僕が行くころには吉弥も来た、吉弥の来るころには僕も行った。別に申し合わせたわけでもなかったが、時々は向うから誘うこともあった。気がつかずにいたが、毎度風呂の中で出くわす男で、石鹸《しゃぼん》を女湯の方から貰って使うのがあって、僕はいつも厭な、にやけた奴だと思っていた。それが一度向うからあまり女らしくもない手が出て、
「旦那、しゃぼん」という声が聴《きこ》えると、てッきり吉弥の声であった。男はいつも女湯の方によって洗っていた。
このふたりは湯をあがってからも、必らず立ち話した。男は腰巻き一つで、うちわを使いなが
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